バイクとクルマは男のロマンだ!クルマ編

原付免許

バイク
 1973年(昭和48年)高校生になると周りから聞こえてくる話題は、『バイク』の事が多くなりました。
 あまり興味は無かったのですが、いつのまにか私も『バイク』の話題に加わっていました。そして翌年の1月には『原付免許』を手にしたのでした。結局それをきっかけに『バイクの世界』へ足を踏み入れてしまったのです。
 そうです。免許が有れば『乗りたい』『自分のバイクが欲しい』と思うのが普通の人ですよネ!。
 …で、買ってもらいました。欲しかったのは『ホンダCB50』だったんですけど、親の知っているバイク屋がスズキの店だったので『スズキ ハスラー50』になりましたが、そのバイクは高校を卒業するまで私の愛車として、活躍してくれました。
普通免許  高校も3年になると話題はいつのまにか、2輪から4輪に替わって行きました。周りからは聞き慣れない、クルマの名前らしき言葉が飛び交い、友人達は登下校時に見かけるクルマを指差して『スカジー』とか『セリカ』とか『サバンナ』だ!などと言っていました。
 特にクルマに興味はありませんが、今の世の中クルマの免許は必需品と言う事で、1976年(昭和51年)3月『普通自動車免許』を取得。
希望

失望
 普通免許を取得すると、またまた欲望の虫が…、それからはクルマ関係の雑誌をよく読むようになり、その結果『モスグリーンのセリカ(だるま)』が欲しいと強く思うようになりました。そして、『スカジー』は『スカイラインGT』の事だと言うことも知りましたが、全く興味がありませんでした。何故なら頭の中は『セリカ』の事しかないからです。まさに『クルマの魅力』に目覚めたと言うより『セリカの魅力』に目覚めた瞬間でした。
 そんなある日、私に衝撃的な知らせが…、それは友人からの手紙でした(高校卒業後、私は東京で働いていたのです)。その内容は『セリカを買いました、モスグリーンのGTVです。』と言うものでした。私は、愕然としました。なぜなら私は、他人(知人)と同じ物を持つのが嫌なんです。(何とかなりませんか、この性格)
 ある日、会社の先輩に話したところ、とんでもない答えが返ってきました。それは『スカGにしなさい』と言うものでした。私は、また愕然としてしまいました。なぜかと言えば『スカイラインは1番欲しくないクルマ』だったからです。理由は、サーフラインがあるため太いタイヤが履けないからです。たったそれだけですけど嫌な物は嫌なんです、しかし…。
新たな希望  その先輩は強引でした。自分の乗っているスカイラインを見せると言うのです。
 そこにあったスカイラインは、私の思っていたスカイラインとは全然違っていました。サーフラインが大きくカットされ黒いオーバーフェンダーが付いていたのです。そしてエンジンの自慢です。『キャブが何々とか…マフラーがどうとか…』私にはチンプンカンプンでしたが、エンジンをかけ3個連なったキャブのスロットルリンクを押し下げると「ガボッガボッ…」と言うキャブの吸気音に私は……マイリマシタ!
 しかし、先輩のクルマはGT−Rではなく『GT−Rモドキ』と言うものでしたが、私は心に誓いました「俺もスカG買って、あんな風にしてやる!」と……、1977年の初夏であった。
ついに…  それから数ヶ月後、私は『スカイライン2000GT−X 』を購入しました。(もちろん全くのノーマル車です)
 1977年秋でした。
自慢  あれほど好きじゃなかったスカイラインでしたが、乗るほどに愛着が湧きこのクルマにして本当に良かったと思う様になるまでさほど時間は掛かりませんでした。しかし、ノーマルで乗る事は無く車検の度、自分でノーマルに戻していました。(ほとんど恒例行事と課していた)それがまた楽しかったのです。
 そんな訳で当時は、こんな感じで乗ってました
 当時、わが国のクルマを取り巻く事情は厳しいものがあります。
 そんな訳で、改造しても車検の時に困るだけなので、ほとんどノーマルに近い状態で乗っていました。
愛車  
エンジン載せ換えました!
 ドアの下がサビている! 
 ドアの開閉レバーが!
 ★ セルモーター交換! ★ 
  ナビを取付けました 
NEW 愛車スカイラインの近況報告2009年10月号 NEW 
私が
館長です
Top     バイク編